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【人間関係】心に刺さった”言葉のトゲ”が抜けない人へ

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トゲが刺さらない心を持つのが大切?

こんにちは、Tomiです^^

昨日のブログのPVが歴代最多になっておりまして、何がきっかけなのかわからないのですが、とても驚いております!見てくださった方々、ありがとうございます^^

さて、皆さんは誰かから投げかけられた言葉が心に「グサッ」と刺さり、なかなかそのことを忘れられないなんてことはありますか?

思い出すと悲しくなる、怒りの感情が出てくるなど、いつまでもその刺さった「言葉のトゲ」に悩まされる人は多いのではないでしょうか。

今回は、この心のトゲについてのとらえ方・考え方について触れていきます。

自分の心のトゲを見つめることで、相手の心のトゲにも思いをはせることができるようになると思いますので、ぜひ最後までご覧ください^^

何気ない言動に傷つく心

最近、職場で上司に「ぽつり」と言われたことが、とても心に刺さりました。アンガーマネジメントの話をした後だったため、自分でも抑えるのに必死で、妻からもかなり心配されました。

結局、一日寝て楽になったんですが、これがもしその”トゲ”に固執してしまったとしたら、今でも私は不幸せな毎日を過ごしていたんだろうと思います。

不幸せ、ということは、ずっと心が何かに囚われて、ネガティブな感情があふれ出てくる状態です。その感情に心が支配されてしまうと、目で見る世界すべてがネガティブに見えてきてしまいます。

不幸のスパイラルに陥ってしまいます。

 

でも、きっと相手はそこまで考えて話してなかったりするんです。

もしくは、別の意図があったかもしれない。

本当に自分を攻撃するために放った言葉の可能性も否定できませんが、ここで感情に任せて反応せずに一度立ち止まれるには、心の勉強をしっかりとしている必要があります。

 

悩みの大半が人間関係であると喝破したアドラー先生のお話の通り、人と人とが関わる中でお互いの思いの衝突が生じ、傷を負っていきます。

そのきっかけは、何気ないちょっとしたことだったりするんですが、私たちは時としてそれを「大きな傷」として心を痛めてしまいます。

同じことを言われて傷つく人とそうでない人がいる

ですが、実は同じことを言われても「傷つく人」と「そうでない人」がいることに気づきませんか?

容姿のことを指摘されて傷つく人とそうでない人。

仕事のことを指摘されてへこむ人とそうでない人。

馬鹿と言われて怒る人と怒らない人。

一体何が違うんだろうと不思議に思います。

私も今回の上司の一件をきっかけに、少し立ち止まって考えてみました。

私が見つけた結論は

「自分の大切にしているものをけなされたとき」

「認めてもらいたいと強く思っているとき」

にそれぞれトゲを作りやすいと感じました。

自分が大切にしているもの。つまり「自尊心を傷つけられた」と感じた時、心にトゲが刺さったように感じます。

容姿についていえば、容姿について無頓着だったり、「人は中身」と信じている人にしてみれば、外見についての指摘なんて大した問題ではありません。
しかし、外見を磨いている人、大切にしている人に対して容姿のことを指摘するのはかなりグレーゾーンだと思います。

この”指摘”は、多分に個人的な価値観が含まれているため、例えば指摘した人から見たら「痩せてる」と思っていたとしても、本人からしたら「嫌味」と捉えられることもある、というような具合です。

逆に、中身で勝負!と考えている人の大切にしている部分を指摘すると、反感を買う可能性があります。

 

次に、認めてもらいたいと強く思う時。これは承認欲求がとても高い状態にあるときです。今回の私の件はこちらの場合でした。

俺は頑張っている、こんなにいろいろとやっている、という思いが先行しすぎてしまい、それが「認められなかった」と感じた時、とても心に傷を負います。

私もこの時心の整理をしている中で、

「お疲れ様」

と一声かけてもらえたら、それだけで救われたのにな、と感じている自分を見つけました。それと同時に、すっと怒りの念が消え、自分の欲求を相手にぶつけまくっていた自分を認めることができ、反省できたわけです。

心のベクトルを変える

どちらの場合においても、結局「自分本位」な心を持っているときに、相手からけなされた、認められなかった、と感じてしまうように思います。

そこで、心のベクトルを自分向きから相手向きに変えてみてはどうでしょうか。

すると、「相手がなぜそんな言葉を投げかけたのか」ということに思いをはせることができるようになります。

私の例でいえば、上司からの言葉の中には

  • もっと効率よく仕事ができたのではないか、という問い
  • 遅くなって心配した、という愛情
  • 単なる嫌味

など、様々な状況が考えられるわけです。立場上、どうしても部下の行動に目を見張らなくてはいけないうえ、会社の方針などとのすり合わせが必要な場合もあると考えると、やはり中間管理職という立場はとても重たい役職です。

その人から発された言葉には、それなりの意味があってしかるべきです。

こうして、相手の心に思いをはせることができると、相手の状況に自分の身を置いて考えることができるようになるため、逆に感謝の気持ちが出てきたり、最低でも「反面教師にしよう」くらいまで自分の心を静めることができるようになります。

 

先に触れましたが、実はほんの些細な気持ちから投げかけた言葉であることが多いのです。

その言葉の一面のみを「トゲ」として認識して、心に突き刺しているのは「自分なのかもしれない」という内省の心を持てると、トゲを一本一本抜いていくことができるようになります。

心を磨いて「引っかかり」を少なくする

心を球体だと仮定した場合、小さな傷やささくれみたいなものがあると、ごみともいえるこうした「トゲ」のようなものが引っかかってきます。

なので、自分の心を内省して、つるつるピカピカに磨く必要があります。

これが「反省」と言います。

  • 言葉を投げられたとき怒ってしまったが、実は自分を心配してくれていたのではないか
  • 指摘に対して耳を貸さなかったが、自分が意固地になっていただけではないか
  • ものすごく傷ついたが、実は傷ついた自分をアピールするために傷ついたという事実を作り上げていないか

こうしたことを反省していく中で、心がどんどんきれいに磨かれていきます。

最終的に、引っかかりのない心になると、他の人に対する「感謝」とか「愛」といった感情が芽生えてきます。

この状態が、松下幸之助先生がおっしゃる「素直な心」の究極体なのかもしれません。

 

また、この言葉についての反省をしていくと、今度は「自分が何気ない言葉で相手の大切な部分を刺激していないか」ということに意識が向くようになります。

こうした意識ができてくると、本当の意味で相手に寄り添った言葉をかけられるようになってくるはずです。

 

ぜひ、今心に”トゲ”が刺さっていると感じる方は、リラックスして深呼吸しながら、自分の心を見つめてみてはいかがでしょうか。

自分は何を傷つけられたと感じているのか

相手は何を伝えんとしてその言葉を放ったのか

実は傷つく必要はなく、勝手に自分が傷を作っているだけではないか

こんなことを自問してみると、案外スポッと抜けてくれるかもしれませんよ^^

 

今日も最後までご覧いただき、ありがとうございました!